TRAFの話 第一回

  • TRAFの歴史

 出発点はCD40であった。CD40はTNF受容体スーパーファミリーの仲間でB細胞、樹状細胞、マクロファージなどの抗原提示細胞に発現し、これらの細胞がリガンドであるCD40Ligandを発現するヘルパーT細胞によって活性化されるために必須な分子である。そのためCD40は、クローン選択、免疫グロブリンのクラススイッチ、免疫寛容、胚中心の形成、T細胞依存性の抗体産生などに重要な役割を持ち免疫反応の中心的存在である。このような重要な分子のシグナル伝達を分子レベルで解明したいと思いこの研究をスタートした。当時CD40のシグナルを細胞内で伝達するタンパク質は知られていなかったので、まずそれを同定することを考えた。CD40の細胞質領域には特に酵素活性を予期させるような構造を見出せなかったので何か別のタンパク質がその細胞質領域に結合するであろうと考え、その頃はやり始めていたyeast two-hybrid法を用いてスクリーニングをはじめた。我々がスクリーニングの真っ最中、米国のGoeddelのグループがTNF受容体typeIIのシグナル伝達因子であるTRAF1とTRAF2を報告した。すぐにBaltimoreのグループが我々と全く同様の方法でCD40のシグナル伝達因子としてCRAF1(後にTRAF3)を報告、さらに乳癌で強く発現している遺伝子としてフランスのRioらがTRAF4を報告した。その頃我々のスクリーニングも軌道に乗り始め、新規なTRAF様タンパク質を2種類同定し当初、CRAF2, CRAF3と呼んでいた。CRAF2は論文を投稿したところ一応OKだったのだが、Editorからの情報で同じ分子がTRAF5として同定されていて既に論文がin pressであるということがわかりTRAF5という名前に変更した。またすぐにCRAF3をTRAF6として論文をsubmitしたところ、その直後またしてもGoeddelのグループがESTから探し出しIL-1受容体のシグナル伝達因子として報告した。我々の論文も間もなくacceptされたのだがなんともはや競争の激しいこと。 

  • TRAFはNF-kBとMAPKを活性化するアダプタータンパク質

 

 

 

Fig.1 TRAF6はCD40のcyt-Nと名付けた細胞膜近傍の機能領域に結合してシグナルを伝達する。一方、TRAF2、TRAF3、TRAF5はcyt-C領域のシグナルを伝達する。

 TRAFが世に出る以前からCD40のシグナルが転写因子NFκBやMAPキナーゼ (JNK, p38, Erk)を活性化することは報告されていた。そこで当然、この活性化シグナルをTRAFが伝達するのではと考えた。これを完全に証明するにはノックアウトマウス或いはノックアウト細胞が必要だか、それにはまだ時間が必要であった。黒であることは言えなくても限りなく黒に近い灰色ということを実験的に示すことにした。まず、TRAF5, TRAF6を培養細胞に一過性に過剰発現させるとNFκB, JNKを活性化した。これで生理的条件でないにせよTRAF5, TRAF6はこれらの活性化シグナルを伝達可能ということになる。次にCD40の細胞質領域のどこにTRAFが結合するかという問題に答えることにした。結局TRAFファミリーの中でCD40に直接結合するのはTRAF2, TRAF3, TRAF5, TRAF6であり、さらにその中でTRAF2, TRAF3, TRAF5は膜から遠い同じ部位(我研究室ではcyt-Cと呼ぶ。)に結合するがTRAF6だけは膜近傍部位(cyt-N)に結合した。さらに各々の結合はたった一つのアミノ酸置換で消失した。即ちTRAF2, TRAF3, TRAF5のついては254番目のThrをAlaに置換(T254A変異)する、TRAF6の場合には235番目のGluをAlaに置換(E235A変異)すると全く結合しなくなる。さらに大事なことはcyt-Nとcyt-Cはそれぞれ独立にNFκBを活性化することができるのであるが、これらの点変異を導入することによりその活性化能が消失することである(Fig. 1)。たった一つのアミノ酸置換によりTRAFの結合が消失し同時にその部位からのNFκB活性化シグナルが消えるのであるから限りなく黒に近い灰色と言える。TRAFのドミナントネガティブ変異体を用いたNFκB活性化の抑制実験も成立したが、灰色がさらに濃くなるわけではない。こうなったらTRAF6ノックアウトマウスを作るしかない。

  • TRAF6ノックアウトマウス

TRAF6ノックアウトマウスを作った(Fig. 2)。

 

 

Fig.2 TRAF6ノックアウトマウス(右)は野生型マウス(左)に比べて小さく、寿命は2週間程度である。

最速で作ったつもりだったが、米国のグループにほんの少し先を超されてしまった。でも不思議なことに(いまだになぜなのかはわからない。)我々が同定したいくつかの表現型が彼等が発表したものと異なっていた。まず我々が同定した表現型をまとめてみる。


・破骨細胞形成不全による骨量の異常増大で骨大理石病を発症(Fig. 3)。
・リンパ節形成不全(Fig. 4)。
・未成熟B細胞の分化抑制。
・神経管閉管不全。
・毛包、汗腺、皮脂腺など皮膚付属器官の形成不全を主症状とする無汗性外胚葉形成不全症の発 症(Fig. 5とFig. 6)。
・IL-1, LPSシグナルの消失
・脾臓におけるCD40陽性B細胞の減少。

Fig. 3-1 骨のX線写真。

全体像(左)と大腿骨の断面(右)。

断面写真を見ると野生型マウス(上)では大腿骨内部に髄腔と呼ばれる空間が有り、ここに骨髄細胞が収まっている。しかし、TRAF6ノックアウトマウスでは髄腔が海綿骨で占められていて、ほとんど無い。全体像では、TRAF6ノックアウトマウスでは骨全体が白くなっているのに対して、野生型マウスでは骨の中心にやや透明な領域が見える(大腿骨の所が分り易い)。このような骨の異常な増殖を伴う疾患を骨大理石病という。

Fig. 3-2 骨切片の組織像。紫に見えるのが海綿骨。TRAF6ノックアウトマウスでは、海綿骨の髄腔への異常増殖が観察される。

Fig. 4 野生型マウスに存在する腸間膜リンパ節(左)が、TRAF6ノックアウトマウス(右)では観察されない。

Fig. 5 胎児齢15.5日における毛包原基の形成を、MAdCAM-1タンパク質の発現で解析した。ヘテロマウス(左)ではこの時期に既に原基が形成されているのに対して、TRAF6ノックアウトマウス(右)では観察されない。

Fig. 6 前足の掌の組織像(上)。

ヘテロマウス(左)では汗腺(矢頭)及び汗腺から表皮に向かう管(矢印)が存在するが、TRAF6ノックアウトマウス(右)には観察されない。

背中の皮膚を表皮面と平行に切った切片の組織像(下)。

ヘテロマウス(左)では発達した皮脂腺(矢頭)が存在するが、TRAF6ノックアウトマウス(右)では皮脂腺の形成が制御されている。

 このマウスは異常が多い。まず米国のグループも骨大理石病であると述べている。そこまでは同じである。でもその原因が違っていた。骨大理石病の多くは骨を分解する破骨細胞の機能不全(破骨細胞様細胞[=多核で特殊な染色法で赤く染まる。]があってもその細胞に骨を分解する能力が無い。)か、破骨細胞様細胞さえ無いかである。我々はいくら探しても破骨細胞を見つけられなかったが、米国グループはほぼ正常な数の破骨細胞が存在するものの骨吸収能がないと説明している。補足すると破骨細胞形成には前駆細胞が融合して骨吸収能の無い破骨細胞様細胞になる「分化」の段階とさらに細胞の形態が骨に吸着するように変化して骨吸収能を獲得する「活性化」の2段階がある。それで我々のTRAF6ノックアウトマウスは分化も活性化も起こらない。一方で米国グループのTRAF6ノックアウトマウスは分化は起こるが活性化は起こらないというわけである。我々は破骨細胞の前駆細胞をTRAF6ノックアウトマウスから取り出し培養して破骨細胞に分化させてみたが全く分化が誘導できなかった。しかし、このTRAF6欠損前駆細胞に全長のTRAF6を遺伝子導入すると骨吸収能を有する破骨細胞が誘導され、またTRAF6のRINGフィンガーを欠損させたTRAF6を導入すると骨吸収能の無い破骨細胞様細胞に分化することから、TRAF6は破骨細胞の分化と活性化の両方のステップで機能していると考えられる。リンパ節形成不全、未成熟B細胞の分化抑制、無汗性外胚葉形成不全症、CD40陽性B細胞の減少については特に記述が無い。神経管閉管不全、IL-1, LPSシグナルの消失については同じ表現型である。このように両グループのマウスでかなり本質的な表現型の差があるが、前述したようにその理由はわからない。違うとすればターゲッティングベクターの構造が違うぐらいであろう。

  • これからのTRAF6

 ノックアウトマウスを作ることによりTRAF6の生理機能がかなり明らかになり、TRAF6の重要性を再認識した。しかしこれはまだTRAF6研究の始まりで、やらねばならないことがたくさんある。まず第一に知りたいのはTRAF6が働く分子メカニズムである。上流の受容体からのシグナルをどのように受け取るのか、そしてそれをどうやって下流の分子に伝えるのか、と言った問題である。この問題を解くために以下のことを明らかにする必要があると考えている。

・TRAF6のどの部位が上流からのシグナルを受け取るのに必要であるか、また下流へシグナル伝 達するのにどの部位が必要か?
・TRAF6の高次構造はどうなっていて、それはシグナル伝達の時にどう変化するのか?
・TRAF6の上流と下流の分子は何か?
・TRAF6はシグナル伝達の時に修飾されるか?

このような分子生物学的な問題点の解決が現在の研究室のテーマに含まれる。この他にTRAF6が関わる生命現象をもとに医薬品開発や再生医療に役立てることを考えている。TRAF6ノックアウトマウスのところで述べたようにTRAF6欠損により破骨細胞形成不全、皮膚付属器官の形成不全、リンパ節形成不全、神経管形成不全など人の疾患と深く関わる異常が生ずることから、TRAF6が種々の重要な器官形成に必須であることは明らかである。したがって分子生物学的な問題点の解決と、各々の組織におけるTRAF6の特異性の解明が進めば、TRAF6あるいはその周辺をターゲットとした医薬品開発も可能と考えている。また再生医療への応用についても特に骨と皮膚付属器官に焦点を絞り研究を進めて行くつもりである。